反響する視線
- Toma Higa
- 1月10日
- 読了時間: 3分
あたたかいごはんをたべられて、あしたのいきしにをかんがえなくてもよくて、しっかりとしたふくをきられて、僕が夢見たせいかつだ。ああ、なんてしあわせなんだろう。なんてばちあたりなんだろう。
「エコー、おやすみなさい」
整備士の娘は穏やかな声で僕に挨拶をする。
少し大人びていても言動の端々にあどけなさが残っている彼女も、明日を不安なく迎えられることを信じて疑わない。それでいい、それが一番の幸せだ。
「おやすみなさい」
この挨拶を交わすだけで生まれるささやかな幸せが、愛おしさと一緒に僕の心を刺し続けている。今も何百もの瞳が僕を見つめ続けている。
「終わっておけばよかった、あの時に、永遠に」
逃げることを許さないと監視しているような視線を感じながら、戸の隙間から漏れた光が照らす無機質な一本道を進む。
義理堅いが粗暴な同居人のネームプレートが掛けられた扉を通りすぎた隣、Echoとだけ書いた板がぶら下がる扉を開ければ何の面白味のない四角い空間が僕を待っている。
寝台、本棚、机、椅子、それだけを置いた直方体の中身。
これで充分なんだ、むしろ僕には過ぎたるものだとさえ思う、これ以上を望むのは何千の瞳が許さない。
もう虫と風の声だけが歌う時間だ。几帳面に整えられた真っ白なシーツと薄手の布団の間に身を潜らせると、何者も侵すことのできない静寂が今日を生き延びたことを僕に自覚させてくるから、安堵と念慮のため息を吐いてしまう。
今も昔も死のうとは思っていない。でも今までに奪った命が、失った命が、瞳として僕を監視して責め立てる。
「お前だけどうして生きているんだ」
「死にたくないのはお前だけじゃないのに」
「お前だけどうして」
本当にそうだ、彼らの言う通りだ。
真っ赤な花を咲かせながら瓦礫の下敷きになっていた少女も、サイト越しに弾け飛んだあの少年も、腑をぶち撒けながら光を失っていった同僚も、みんな明日も生きたいと願ったのに死んでいった。自ら選ぶことすら許されずその生を絶たれた。僕もそうなるはずだった、他者の手によって終わりを迎えるべきだった。
なのに、あの時「死にたくない」と思って逃げ出してしまった。銃も持つことすらままならなくなって戦えなくなって意味の無くなった僕は、最終処分場で終わりを迎えるべきだった。
そうすれば、僕を見つめ続ける瞳は赦してくれただろう。いや、赦してくれただろうか?わからない。だが、少なくとも生き延びてしまったことを悔いて、消えてしまいたいとか思うことはなかった。
死んでしまいたいわけではない、しかし、生きていたくはない。生きたいと望むのはあまりにも、罰当たりだ。だから僕はせめて、星のような瞳に監視されるべきなんだ。己の行いを棚に上げて「死にたくない」と逃げ出してしまった罪から逃げないように。
薄い布団に包まって蛹みたいになって、薄い繭の向こうから静かに見つめ続ける那由多の瞳の存在を感じとる。目を閉じれば誰にも邪魔されぬ寂寞の底に意識が落ちていく。
ああ、僕はきっとまた朝日を見るんだろう。