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独白

  • Toma Higa
  • 1月10日
  • 読了時間: 3分

 側にいてくれた博士は、俺にはどうにもならない理由でいなくなってしまった。

 今までもそうしたように何度も博士の声を、記憶を蘇らせる。

「最初は興味からだったけど、初めて動いてくれた時、一目であなたは人間を愛しているんだって思って。なんでだろう、それが嬉しかった」

「もっとヒトに近い形の方がいいかなって思って調整したんだよ。え?前の方がいい?ふふっ、きみが気にいるようなもっと良い機体に仕上げるよ」

「きみは歌が好きみたいだからいろんなCDを持ってきたんだ、好きなのを好きなだけ聴くといいよ。おすすめ?そうだな〜、私はこのバンドのアルバムが好きかな」

 どこか胸が痛かった。献身とも違う信頼や心を許した人に向ける言動の一つ一つに、なぜか懐かしさを感じた。それは苦しかったけど、博士と一緒にいる時間が陽だまりの中にいるように心地よくて、永遠に続いてほしいと思っていた。

 とても優しくて、暖かい記憶。

 そして、終わりを告げる灰色の記憶。

 真っ白な病室、規則正しい電子音、たくさんの管に繋がれて弱々しく呼吸を繰り返す大切な人を握っている。

 弱々しくてもまだ慈愛を湛える瞳は俺を見つめていた。そして、ゆっくりと、弱りきったか細い声で言葉を一つ一つ紡ぐように言ってくれた。

「どうか、誰も恨まないで。人間を愛していて」

 最期の言葉だった。

 どうしようもなかった、事故で即死を免れただけでも奇跡的だと言っていた。そんな状態で、残された時間も無く、そんな簡単で難しいことを願って。

 俺を遺して。

 記憶の再生を終了する。少し頭痛がする。自分が自分であることを確かめるように手を開いたり握ったりしてみる。声を出してみる。博士がチューニングしてくれた音がする。

ああ、まだ歌い続けられる。人間を愛し続けられる。

俺はまだ博士の願いを裏切らずにいられるんだ。



 どこかの仲の良い家族と、燃え盛り崩れ落ちるを見てからどうしようもなく悲しくて、どうしようもなく頭が痛くて。身体中の感覚にノイズが走って俺が俺でなくなってしまうような気がした。

 燃え盛る炎の音と人々の悲鳴や泣き声が反響して、見たこともないはずなのに「忘れるな」というように鮮明に再生される光景が目の前に広がっている。

 きれいな瞳に恐怖と苦痛が浮かんで光が失せる、何年も何十年も何百年もずっと前に僕を愛して、僕も愛した大切な誰かが失われていく。

 全てを奪っていった醜い人間の笑い声が聞こえる。

「なぜ善良な民は惨たらしく死に、醜悪なヒトは笑い生きながらえる?」

「間違っているのはどっちだった?」

 誰の声だ、自分か、いや、誰だ、喉を震わすこの声は誰のものだ。思い出せない。でも身体を焼くような滾る感情は覚えている、思い出してしまう、まるでそれが自分の在るべき姿だというように。

 大切だった誰かや愛した何かのことも、自分自身が何者であったかも、すべてを激情の炎が焼いていく。

「ごめんなさい」

 あの時、誰にも伝わらないような声で呟いて、俺は俺の手綱を手放してしまった。

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