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燎原

  • Toma Higa
  • 1月10日
  • 読了時間: 3分

 ただの何でもない村にも戦火が降り注いだ。その混乱に乗じて蛮族も襲ってきた。一夜にして村は略奪と人とは思えぬ所業に蹂躙された後に焼き払われ、壊滅した。

 彼はその中唯一生き残ってしまった。

 家族は全員殺された、父親と共に家族を守るべく立ち向かったが、たかが農具が武器に勝てるわけがなかった。

 彼は腕を斬り飛ばされ、そのまま腹を貫かれてその場に倒れ伏した。父親は首を刎ね飛ばされて、その頭が彼の目の前に転がってきた。弟は泣きながら無残に殺された。妹と妻、娘は蛮族に凌辱された後に殺された。彼はその様を朦朧としながら見ていた、見ることしかできなかった。遠くからも悲鳴と恐怖に泣き叫ぶ声が聞こえた。

 なぜ襲ってきた蛮族は自分の息の根を止めなかったのか、簡単な話だった。虫の息の人間が這いずったところで何が出来るわけでも無い、それに火を放ってしまえば生きていようが死んでいようが関係ないのだ。

 蛮族共は金目の物を奪い、念入りないことによく燃えるよう油を撒いて家に火をつけた。

油に沿って瞬く間に広がる火の向こうで蛮族たちは醜く笑っていた。燃え始める音に紛れて醜悪な笑い声が聞こえてきた。

「なぜ神は助けてくださらなかった、なぜ悪が生き残り、善良の民は殺されるのですか」

 人生の全ては試練だと教えられた記憶が蘇る。いかなる困難に見舞われようと耐え忍べと、そうすれば神は祝福を授けてくれるのだと。しかし打ち克てなかったと言うには惨い仕打ちではないか、これもまた運命とでも言うのか。

「ただ受け入れろと言うのですか。なぜ、なぜ!」

 なぜ悪人が笑い、善人は死に行くのか。

「断じて赦してはならない。奴らを、醜悪な人間に報いを。そして我々を救わなかった神に反逆を」

 焼け落ちる家の中、怨嗟を呟き世界を呪った、全てを憎んだ。炎が身体を焼いていく、憎いという怒りが精神を焼いていく。

 ごうごうと燃え盛る炎の音の中に誰かの声が聞こえてきた。身体が焼ける痛みと熱気を吸った苦しみで意識が途絶えそうだったが、地の底から這うような低く轟く声だけは鮮明に聞こえた。

「人が、神が、世界が、全てがそんなに憎いか?こんな理不尽に憤り、殺したい滅ぼしたいと願うか?」

 ヒトそれ自体を嘲笑い、食い物にしようと楽しみにして悦に浸っている声色だった。

「憎い、憎い憎い憎い!間違いを糾さぬ世界など幾度も幾度も幾度も焼き尽くしたい!あぁ殺さなければなるまい、滅ぼさねばなるまい!」

 焼けた喉を震わせたかはわからない。しかし、そう叫ぶ意識は鮮明であった。

「ならば貴様は炎になるか?」

「命が灰となろうが僕のこの怒りで焼き尽くしてやる」

「あぁ、あぁ!貴様を讃えよう!その憤怒で万象を燃やし尽くすがいい!」

 己が願望が満たされて悦んでいるような声が脳内にこだました直後、全ての感覚が消えた。

「俺は全てを燃やす」

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